地域になじみ、支えられ、デザイン業で起業
プロフィール
元藤里町地域おこし協力隊 根岸那都美さん(活動時期:2016年5月~2019年4月)
○現役時代の所属:藤里町総務課
○現在:デザイン事務所「初恋デザイン」代表(藤里町)
○活動内容:藤里町発行フリーペーパー「とんじこんじ」制作
○出身地:宮城県塩竃市
―ぼんやりと思い描いていた地方での活動―
藤里町でデザイン業務を中心に活動をしている、協力隊OGの根岸那都美さんにお話をお聞きした。2011年3月11日、日本を襲った「東日本大震災」の甚大な被害は、今も多くの人々に忘れられない記憶となっている。何か自分で出来ること、役に立てることはないか?と自問する人も多かったはず。根岸さんもその一人だ。
根岸さんは当時、東京で大学生活を送っていた。大学卒業後、雑誌編集の仕事について2年ほど経った時、自分の持つスキルであるデザインと編集の仕事を地方で生かせる機会はないかと、求人サイトを見ていた。3.11の際の想いが心の奥から浮かび上がってきての行動だった。
サイトで藤里町が「とんじこんじ」のデザイナーを協力隊で募集しているのを見つけて「少しでも手伝いができないか」とメールを送ったのが始まりであった。その時なんと、藤里町の担当者が東京に出張中で、翌日には面談。その後移住を果たした。

とんじこんじ創刊号の表紙用写真。プロのカメラマンに撮ってもらった。

とんじこんじ創刊号
―地域の人と共に作るチャンス!とんじこんじ―
根岸さんの活動の中心だった「とんじこんじ」は、藤里町が企画して、町内の有志団体「リデザイン事務所」が制作、プロの編集者がアドバイザーという制作体制。
根岸さんは創刊号の途中からデザイナーとして参加することとなった。A5版、64ページフルカラー、年一回発行。因みにネーミングは<ゆっくりマイペースで>、という藤里町の方言だそう。毎回テーマを設定して、台割を決め、それに沿って住民や団体、行事などを取材して原稿を書き、レイアウトを起こし、1ページずつ作っていく。
根岸さんは「とんじこんじの制作に関わり自然と町の人との交流も生まれ、色々教えてもらえるし、自分のことも知ってもらえて、地域に入りやすかった」と当時の様子を振り返る。
とんじこんじと合わせて月刊フリーペーパー「とじこじ」のデザインも担当しており、年刊と月刊二つの冊子の制作業務はハードで、深夜に及ぶことも度々だったが「同時期の協力隊メンバーには様々な技術を持っている人がいて、とてもよくしてもらい、自分はむしろわがままに活動することができて、その意味でも恵まれていた」と感じている。

活動拠点だった「かもや堂」。遅くまで作業することもしばしば。

撮影でトラクターに乗せてもらった。
-デザインスキルを活かして起業を決定―
協力隊着任当時は27歳。
「振り返ると本当にまだまだ社会経験が未熟だったけれど、当時の町の担当者の方々は本当に親身に色々教えてくれて感謝しています。他にも藤里で出会った人にいろんなことを教えてもらったし、今でも相談に乗ってもらっている人がいます」と話す。
退任が近づいた協力隊2年目後半からは、少し焦りも出てきて、セミナーに参加したり、紹介してもらってさまざまな人と積極的に会いはじめて、人脈作りに駆け回った。また、町で活動を続けたいと話していた根岸さんに対して、役場の方も親身に相談に乗ってくれて、担当が変わってからも、ポスター作ってみないかと機会を与えてくれる方がいたとのこと。
こうした活動を経て「初恋デザイン」として開業届けを提出した。「今はいろんな方からご縁をもらって、デザイン業をメインに生活できています。協力隊を卒業して5年目を迎えたけれど、今でもこのままやって行けるか不安に思うことも、正直あります。でも、生き抜こうと日々思っています」と笑顔を見せる。因みに「初恋デザイン」は、「いつまでも大事にされるキュンとするデザインを!との想い」の意味だそうだ。

ポスターを作らせてもらっている「ケツジョリ世界選手権」に参加。
―秋田での協力隊を考えている人へ―
私はデザインがやりたいと思って藤里に来ました。そして任期後のために、仕事を得ようと営業に回った時、動いたら動いたなりのものを得られることを実感しました。何もできなかった私でもここまで来れているので、やってやれないことはないと思います。
「地域のために」活動することも大事なミッションだと思いますが、自分がやりたいことや叶えたいことの軸を大事にすることも必要だと感じています。
2023年11月15日インタビュー実施。
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