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“秋田暮らし”はじめの一歩

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“秋田暮らし”はじめの一歩

くらし×しごと

北秋田市×有限会社栄物産

~「くらし×しごと」体験プログラム~2016 2017年08月22日

七澤さん体験記(2017年1月14日~2月1日)

【1日目(1/14)】

 北緯40度、東経140度。本州で北のほうに位置する秋田県のさらに北。ぼくが東京から移住してきたのがここ、北秋田市鷹巣町です。斜め上を仰ぎ見れば峨々たる峰、白神山地が、南を向けば緩やかに裾を広げる森吉山がのぞめます。山々に囲まれた盆地であり、日本有数の豪雪地帯としても知られています。

    季節によってはとても強い風が吹きます。なんでも昔は家の屋根が吹き飛ばされることもあったとか。阿仁のお年寄りに聞いた話です。

    お米をたくさん育てています。中心地から少し歩けば田畑が広がり、夏は緑色に、秋は黄金色に輝きます。冬には海の向こうから白鳥がやってきて、刈られた稲穂の上に集まります。

   山には熊がいます。春と夏と秋に現れます。ときどき里の方でもみかけるかもしれません。その他にも獣の姿がみられます。道路脇には車に轢かれたタヌキの死骸が、投げ出されたように四肢を広げていたりします。

   ぼくの住んでいる場所から10分ほど歩くと、米代川の清流が流れています。昔は遥か山の懐から船で川を下り、海のほうまで物資を運んでいました。冬はとてつもなく冷たそうです。

   今日から仕事体験がはじまります。この町から少しだけ離れた場所です。冬の道路は凍結していて、とても滑りやすいですが、それしか方法がないので車で向かいます。大雪の日は前が見にくいので大変です。

    写真は家からほど近い大館能代空港の展望台から撮影したものです。数日前のあまり雪が積もっていなかった鷹巣と、スキー場のコースが遠くからでものぞめる森吉山です。

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【2日目(1/16)】

 秋田の冬は寒いです。最高気温が0度に満たない日が当たり前のように続くこともあります。朝、目が覚めてから布団を出るまでが大変で億劫です。しかたなく起き出し、カーテンを開けると窓についた水滴が凍りついて、華のような模様を描いてます。窓枠も凍っているせいで窓を開けることはできません。

    鷹巣から車を走らせること20分。合川は美栄(みさか)という地に広大な畑が広がっています。元々このあたりは一帯を森に覆われた未開の地でした。そのため、密集する木々をかきわけ、降雪のために凸凹した細長い道を進んだ先に開拓地があります。昨日からお世話になっている栄物産の農場です。しかし今は雪に埋もれて一面真っ白です。鷹巣よりもこちらのほうが高く降り積もっています。

    車で集合場所に到着すると、栄物産の社長である藤嶋佐久榮さんが手を振って出迎えてくれました。指示された場所に車を停め、しばし談笑。昨日が車の納車だったので、そのお話です。

    今日は仕事を始める前に、佐久榮さんからいろいろな話を伺いました。先日、時間のあるときにとお願いしていたお話です。栄物産という会社がどのようにして始まったのかということ。社長が若かりしころに英断した、アメリカ農業留学のこと。最近新しく始める事業のこと。一部分でも、後日紹介することになるでしょう。

   お話の途中で、社長の携帯に電話がかかってきました。どうやら道の駅に置かれている栄物産の商品が、朝のうちに購入者が続出し、品薄になってしまったらしいのです。理由は今朝の秋田魁新聞。栄物産の”キクイモ”を使った笑顔茶が紹介されていました。実際にキクイモを専門の機関に解析していただき、体にいいことを証明した上でサプリメントのような形で商品にしたものです。

   道の駅五城目まで佐久榮さんの車で向かいます。商品を補充するためです。太陽がちらほらと顔を出していたためか、路面の氷雪が一部とけて、黒いアスファルトの轍ができています。

   売り場には笑顔茶が一袋だけ残されていました。おそるべし、新聞のちから。店員さんに商品を渡し、補充完了です。キクイモ、コハゼ、コゴミの3種類があります。

    帰りがけに佐久榮さんから秋田のおやきをご馳走になりました。おやきといえば長野というイメージがあったのですが、秋田のおやきも古くからあったものだそうです。長野のおやきとは違い、中にあんこが入っています。もちろんおいしいです。

    ちなみに、さきほど名前が出ましたキクイモ。分類でいうとイモ科ではなくキク科だそうです。

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【3日目(1/19)】]

  東京に住んでいた子どものころ、翌日の天気予報に雪だるまマークがついていると、その夜は興奮してなかなか寝つけませんでした。朝を迎え、もう降ったかな?   まだ降ってないのか、と空を見上げては一喜一憂していました。こちらの天気予報では連日雪マークが続きます。もう見慣れてしまいました。昨日の夜は吹雪に加えて遠くの空から雷の音が聞こえました。噂に聞く雪颪だったのでしょうか。空の低いところでオレンジ色の光が、煙る雪を通して鈍くうっすらと輝いていました。雷を伴う雪は真冬の到来を告げるものだそうです。これからさらに寒くなるのかもしれません。

  今日はビニールハウスのなかでお手伝いをします。栄物産では冬の間、ハウスのなかでコゴミを育てています。コゴミは山菜の一種です。ゼンマイと同じように上部がくるくるとカールしており、天ぷらにすると美味だそうです。

  コゴミの苗は卵のような形をしています。鶏卵よりもふた回りほど大きいので、ダチョウの卵のようです。これをハウスのなかに敷き詰めていきます。地面には水道管と電熱線が埋められていて上に置かれたコゴミを温めてくれます。苗がいっぱいに入った袋はひとつ30kgの重さがあり、まずそこから苗を取り出す作業があります。なかなかに体力を使う仕事で、袋を持ち上げるのにも一苦労です。収穫までは3週間ほどかかるそうです。

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【4日目(1/21)】

  4日目
   秋田県に限ったことではありませんがこちらでは基本的に冬は農作業をすることができません。田畑は雪に埋もれていますし、なにより気温が低すぎます。とくに山間部の寒冷地では著しい寒さに襲われます。町史を紐解くと冷夏によって凶作に見舞われたという記録が、あちこちに残されています。同じ年の冬はさらにひどかったことでしょう。

   よほど裕福でないかぎり、秋田の農家では冬に別の仕事をしなければ、生計をたてていくことができませんでした。冬の農閑期の間、あるものは山へ猟に入り、あるものは薬の行商に歩き、あるものは北海道や同じ県内の八森方面へ出稼ぎにでかけました。遠く樺太の地まで出張った人々もいるそうです。

   栄物産ではビニールハウスを設営することで冬の農作業を可能にしています。天候に左右されない。それが藤嶋社長の理想とする農業だそうです。

   今年新たに育て始めるきのこは、原木を地中に埋めた後、そのまま成長を続け、収穫期になっても地上に顔を出さないそうです。土の中で始まり、土の中で完結します。悪天候でも育ちます。「この歳になってようやく理想に近づいた」藤嶋社長はそうおっしゃっていました。

   今日は雪国らしく、除雪のお手伝いです。外に積み上げられたコゴミの山の上から降り積もった雪を下ろします。従業員のかたは外で保管されてるコゴミの苗を”生”と呼びます。雪に埋もれてはいますが、凍ってはいません。これをハウスのなかに移動させる前に、どでかいコンテナに収納しなければなりません。苗を冷凍させるためです。コンテナは電気が通っていて、冷凍庫になっています。多くの植物がそうだと思いますが、春に芽吹くためには冬を経なければなりません。コゴミを成長させるための疑似冬といったところでしょうか。一袋30kgを機械にいくつも乗せて運んでいきます。ハウスに入れて春を経験させるのはもう少し先です。

  午後は大阿仁未来フォーラムに参加します。阿仁地域の小学校統廃合問題について話し合いが行われます。どなたでも参加できます。路上の雪が溶けているため、少しは気持ちよく走れそうです。

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【5日目(1/22)】

5日目
   今朝は農場についたころから雪が降り始めました。横殴りの強い雪です。あまり騒ぐとこちらの人に笑われてしまう気がするので口をつぐんでいましたが、いまだに少し驚いてしまいます。あたり一面、目を見張るほどにまっしろです。

   ハウスのなかではコゴミの収穫が行われていました。この間設置した苗とはまた別のものです。収穫され、回収されたコゴミはしばらく水に浸けておきます。やがて茶色いわたが浮いてくるので、それをザルで取り除きます。たくさんくっついていると出荷できません。頭が折れてダメになってしまったものも、このときに選別します。

   帰りがけ、鉄道マニアの人たちをまねて、内陸線の写真を撮ってみました。やはりどこから撮るか、どの角度で撮るかなどなど、時間をかけてしっかり決める必要があるようです。

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【6日目(1/24)】

  6日目
   今朝は大雪。ここ最近、関東や西日本でも雪が降っているそうです。列島全体が寒波に襲われています。こちらにいるとあまり実感は湧きません。

   今日も除雪の作業をします。この間と同じように、コゴミの苗が詰まった袋の山から雪を下ろします。前回よりも高く降り積もっています。上のほうの雪は柔らかく、軽いですが、底のほうの雪は硬くて重いです。降りしきる雪のなかの作業でしたが、シャツがじっとりと汗ばみます。

   帰りに道の駅に寄りました。JA産直で買い物です。買ったのはケーキ。地元のかたが手づくりでつくった無添加のケーキです。新聞にも載っていたそうです。

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【7日目(1/25)】

  7日目
   合川の北部一帯に大野台と呼ばれる台地が広がっています。かつてここは木々が鬱蒼と茂る未墾の地でした。昔からこの広大な土地をなんとか利用できないか、とさまざまな夢や期待が抱かれてきましたが、酸性土壌であることと高低差のための灌漑用水の欠乏を理由に、長らく放置状態が続きました。昭和九年、秋田は未曾有の大凶作に見舞われます。これを機に国が救済策を考案し、大野台が再び注目を浴びることとなります。入念な調査と農業技術の向上により、この地に入植者を募っても大丈夫だという結論が出され、昭和十二年、五つの部落が誕生しました。美栄はこのときに生まれた部落のひとつです。

   現在ぼくの住んでいるアパートでは大家さんが雪かきをしてくれるので、雪に触れる機会があまりありません。車に積もったのを下ろすときくらいでした。屋上からの雪下ろしは当然したことがありません。
  

 今日の除雪はコンテナの上に積もった雪がターゲットです。はしごをかけて登るのですが、足場が不安定なのと登った先に雪が山盛りなのとで上にたどり着くだけでも一苦労です。素人にとってはなかなかのスリルです。はしごを登りきり、無様に這いつくばってから恐る恐る立ち上がると、意外と高い。心臓がきゅっと縮みます。足が地にしっかりついていないような気がします。実際の高さは2、3メートルに過ぎなかったそうですが。これを計4カ所こなしました。慣れるまでに時間がかかりそうです。

   帰りは北欧の杜公園に寄ります。レストランで唐揚げ定食を食べ、周囲の散策に向かいます。もともと広大な森林を切り開いてできた場所です。柔らかい新雪の上に、ところどころ獣の足跡が残されています。これはだれの足跡でしょうか。素人なのでわかりませんが、クマでないことは確かですね。

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【8日目(1/26)】

8日目
  戦後まもない美栄の集落では窮乏、貧困に悩まされました。食卓に出るお米は田んぼで育てた水稲ではなく、畑で育てたいわゆる陸稲でした。高低差のために川から水がひけなかったためです。水稲と比べて質が劣るものだったらしく、「箸ですくうと形がぼろぼろと崩れ」、「非常に不味い」のだそうです。これにじゃがいもや麦を加えてかさ増しをしました。
  肉は年に一度、正月にだけ食したそうです。当時はどこの家でも鶏を飼っていました。それをつぶして捌きました。卵は容易に手に入ったそうですが、学費などにまわすため、あまり食卓に並ぶことはありませんでした。作物を売るときは同じ集落の人たちと日にちをあわせ、鷹巣までたくさんの荷物を背負って歩いたそうです。荷がかさばるのとお金がないのとで列車には乗れませんでした。阿仁へ売りに行くことはなかったとか。 
  魚も贅沢な食料でした。古くなった蚊帳を網にして川へ獲りにいったそうです。冬は雪で囲いをつくり、そこに追い込んで獲ったりしました。
  お金がなくて困ったときは集落内で貸し借りしたり出し合ったそうです。こちらへ来てから”結い”という言葉を初めて知りました。隣人たちと協力しあわなければ生きていけない時代でした。
  すべて佐久榮社長から聞いたお話です。

  今日は3日目と同じ、コゴミを袋から出す作業を手伝います。少し慣れてきたのか前回よりも疲れません。コツを掴んできたようです。
   雪は降っていませんでしたが陽はでていなかったので気温は低いです。うっかり寒いといえば笑われてしまうので口はつぐんでおきます。
   午後からは雨が降っています。

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【9日目(1/27)】

9日目
   今日はそれほど気温が低くなく、降雪量もたいしたことはないのですが、強い風が吹いています。そのせいで身を切るような寒さです。田畑に降ったばかりの雪を風が吹き上げ、道路に積もらせます。すると路面の氷がなかなか溶けません。アイスバーンです。

   仕事を終え、午後からは上小阿仁までドライブです。道の駅の食堂で馬肉定食を食べました。阿仁産の馬といえば優秀な品質として知られていましたが、昭和三十年ごろから徐々に姿を消しはじめました。残念ながらいまでは見ることができません。

   売店で以下の3点を購入しました。ぎばさ海苔はご飯の友として大変優れているそうです。道の駅はおいしそうなものが多過ぎて困ります。

 

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【10日目(1/30)】

10日目
   今日はなんと、栄物産にテレビの取材がやってまいりました。といってもここ数年、この時期になると毎年訪ねてくるのだとか。社長も慣れたようすでマイクを装着されています。
   ハウスのなかで早速インタビューがスタート。今年のコゴミの成長具合はどうか?  例年との違いは?  育てる上で気をつけていることは?・・・・・・最後にテレビの前のかたたちに一言。というふうに、滞りなく進行されます。テレビ局のかたは1人でこの後も県北各地を駆け巡るそうです。大変そうです。
  インタビューの詳細は本日夕方のニュースで確認できます。AAB秋田朝日放送さんです。6時15分ころからだそうです。
   写真はとあるハウスのコゴミ。シートをめくって成長の進捗度を確かめます。なかなかいい感じですね。白いのはカビで残念ながらこれ以上生えてきません。仕方ありません。
   コゴミはひとつの苗から2度収穫できます。はじめにとったもののほうが若干質はいいものの大差はないとか。調理法によって使い分けるのがいいそうです。

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【11日目(1/31)】

11日目
   今年の冬は雪が少ないそうです。晴れの日が続くこともあれば雷鳴とともに大雪が襲ってくることもあり、例年よりも寒暖差の激しい季節となっています。ハウスの温度調整には細心の注意が必要だとか。幼いころからこちらに住んでいるかたでも滅多に経験しない冬だとおっしゃっていました。
   今日は嬉しいことに藤嶋社長からコゴミをおすそ分けしていただきました。商品にしないものを好きな分だけとっていっていいとのこと。少しとりすぎたような気もしますが、いままで食べたことがないので胸が躍ります。
   下処理に、まずはわたを除けなかればなりません。量が量ですので浴槽に水を溜め、そのなかにすべてのコゴミをぶちこみます。少しつついてやるとある程度わたがとれるので、水からあげます。大きい容器がないので写真のようになりました。
   天ぷらにするのが無難だそうですがやったことがなく、自信がないので今日の夜は胡麻和えでいただこうと思います。楽しみです。

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【12日目(2/1)】

12日目
   広大な農地の上に栄物産のビニールハウスはいくつも設営されています。大きさはさまざま。背を伸ばしても頭上にゆとりのあるハウスもあれば、すこし屈まなければ頭がつっかえてしまう小さいハウスもあります。小さいほうでは必ずといっていいほど結露しています。ビニールの室内側に水滴がたくさんついています。すこし揺らすとぽたぽたと大量に落ちてきます。腰を休めようと背を伸ばし、うっかり頭を擦らせると、たちまち被っていた帽子がびちょびちょに濡れます。帰る前に、設置された暖房の前でしばし仁王立ち。帽子と上半身を乾かします。
   今日もコゴミを袋から出す作業。地面がぬかるんでいるので、なかなか踏ん張りづらい。下半身は泥だらけになります。どういう理屈でこのまん丸の物体から、昨日食べたあのみずみずしい山菜が生まれるのか。苗とにらめっこをしてみますが、まあわかりません。植物とは不思議なものです。
   帰りは吹きすさぶ雪のなかを、空港目指してひた走ります。大館能代空港。わりとぼくが住んでいる場所から近所にあります。近くにあるからといって騒音に悩まされる心配はありません。1日に2便しか飛んでいないのです。
   レストランで食事。今日のランチはエビフライカレーでした。この天気で飛行機は無事飛べるのでしょうか。大変そうです。
   今月の28日に美栄の集落は生誕80周年を迎えます。大々的にとはいきませんが、みんなで集まり、いっしょに祝うそうです。
   それにしても初めてこの地が切り開かれたときから、数えきれないほどの紆余曲折がありました。貧困と戦争。そして現在では過疎化の進行が大きな問題となっています。経営の苦しい農家はよそへと居を移します。若い人間は夢や希望を花咲かせる場所を求め、生まれ故郷をあとにします。かつて集落に満ちていた子どもたちの黄色い声は、もう聞くことができません。
   何十年も前からこの地に住む、困難な時代を生き抜いたお年寄りのかたがたは「いまはいい時代になった」と口を揃えていいます。遠い目をして昔を懐かしみます。車もバスもない、除雪車が道に積もった雪を除けてくれることもない、明日を生き抜ける保証などどこにもない、そんな時代に「戻りたい」という声を聞くこともあります。その気持ちを想像することが、いまのぼくにはできません。これからしばらくこの地に根をはり、地元の人や先人たちの声に耳を傾け、知りたいことを知れればいい。そう考えています。

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